バンコク(寺院など)

1993年6月19日、観光初日はますバンコク市内の寺院など主だったところを回りました。

何を使って回ったかは覚えていません。結構タクシーも使ったと思います。当時すでにちゃんとメーターの付いたタクシーがバンコクでも主流になっていて、変な乗り物より返って安心して乗れたからです。値段もそれ程高くはありませんでした。

またアユタヤへ行った20日を挟んで、翌21日にも少し寺院の観光をしています。


ワット・プラシーラッタナサーサダーラーム(ワット・プラケーオ)

バンコクでは一番の観光地のようです。正式名称はワット・プラシーラッタナサーサダーラームですが、長いので通称はワット・プラケーオ。またエメラルド寺院とも呼ばれるとか。

 
ワット・プラケーオの一番の撮影ポイントということでパチリ。


 

ワット・プラケーオのシンボルである金色の仏舎利塔プラ・シーラッタナチェーディーです。ラーマ4世がアユタヤーにあるワット・プラシーサンペットの仏塔をまねして建てたものだといわれています。


 

プラ・スワナ・チャルディの台座にあって建物を持ち上げるように立ち並ぶ猿神ハヌマーン(左)と悪魔(右)です。重たそうですね。ハヌマーンとは、神話「ラーマキエン」(インドの叙事詩「ラーマーヤナ」のタイ語版)に登場する半人半獣だとか。


 

真ん中がハヌマーンで両脇が悪魔です。ハヌマーンと悪魔が交互に並んでます。


 

後ろの仏塔の名前がネットで調べても分かりませんでした。


 

後ろの巨像もハヌマーンかな?


 

チャックリーマハープラサート宮殿です。この宮殿はラーマ5世が外遊から帰国して新しく建てた宮殿です。


 


ワット・ベンチャマボーピットドゥシットワナーラーム

通称ワット・ベンチャマボピット。別名大理石寺院

ラーマ3世の治世下の1826年当時タイの朝貢国であったラオスのアヌウォンが反旗を翻した際に書かれた記録ワット・レームあるいはワット・サイトーンと言う名前で登場します。時代は下ってラーマ4世(モンクット王)の時代に勅命でワット・ベンチャマボーピットという現在の名前に近い名前が下賜されました。1899年、ラーマ5世の命により現在の本堂が建立されたそうです。

大理石寺院の別名のとおり、本堂(下記)は屋根瓦以外のほとんどの建材にイタリア、カラーラ産の大理石を使用しているとのこと。


 

本尊仏です。これはピッサヌローク県のワット・プラシー・ラタナマハタートのチナラート仏を模したものだそうです。


 

回廊には52体の仏像があり、これらはバンコク内や他の主要都市、インド、日本、ビルマ、スリランカなどから集めてきたもので、なかには貴重な仏像も含まれているとか。


 


ワット・ポー

正式名称はワット・プラチェートゥポンウィモンマンカラーラーム=ラーチャウォーラマハーウィハーンとはっきり言って長すぎ。既に通称のワット・ポー以外の呼び名で呼ぶ人はいないようです。

バンコクで最大の最も古くからある寺院でもあり、敷地面積は50ライ(約80,000m²)の面積を有します。寺院の構造は2つに分かれていて、本堂や図書室などを中心とする北部分と南に小道をはさんで南部分には庫裏があります。一般公開されているのは北側の部分のみだそうです。

何と言ってもここの最大の見所はこの全長46メートル、高さ15メートルの涅槃仏



涅槃仏の足の裏にはインドと中国とタイの混合様式で仏教に関することが描かれています。

 
本堂の回廊にも沢山の黄金の仏像が並んでいました。

 
本堂の周りの仏塔です。


ラマ1世によって建立された本堂にあるご本尊です。


小さな仏像も皆金ぴかでした。 


ワット・アルンラーチャワラーラーム

ワット・プラケーオと並ぶバンコクの著名な観光地です。通称はワット・アルン。ただ訪れたのは観光3日目の6月21日です。

しかし下の写真は19日にチャオプラヤ川越しに見た眺めです。この眺めもワット・アルンの撮影ポイントとしては有名です。


この寺院で最も特徴的なトウモロコシのような形をした大仏塔はバンコク様式で、高さは75m、台座の周囲は234m。

 
ちょっと下の方からも撮ってみました。

 
半獣半人が片膝をついて仏塔を支えています。半獣半人像は一つひとつ(一人ひとり)の顔が違っています。また、衣装の色やデザインも様々で、それらが石やガラス細工で装飾されています。

 
これが何の像なのか、調べても分かりませんでした。

 
観光地によくある記念写真スポットで、お決まりの写真を撮りました。

 
チャオプラヤ川越しに19日に行った寺院などが見えます。


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