1990年 モロッコ旅行

2017/12/14

10月18日セビリア行きのマドリッド発の列車で皆さん(太○さん、マ○さん、ミ〇さん)と合流して、少しスペイン南部、セビリア、コルドバを旅した後、10月21日アルヘシラス港から地中海を渡りモロッコへ向いました。

通常アルヘシラスからだとタンジェ港へ向うのが一般的ですが、一旦スペイン領セウタに入りました。そしてそこから陸路でモロッコに入国し、国境からはタクシーでテトゥアンへ向いました。

その後古都フェズへ。世界最大の迷路を満喫した後、やはり古都のメクネスへ。ここでは近郊のローマ遺跡ヴォルビリスにも足を延ばしました。そのアトラス山脈を越えて、いよいよサハラ砂漠へ。エルフードへという町を目指しました。ここに滞在しながら、モロッコ旅行のハイライトの一つ、メルズーガへの日帰り砂漠ツアーに参加します。

それからトドラ谷で少しゆっくりした後、ティネリールで太○さんはアルジェリアに向かうため我々と別れました。その後女性二人と一緒に再びアトラス山脈を越えてマラケッシュへ。モロッコ旅行で最も楽しみにしていた街です。期待に違わず素晴らしい町でした。

さらにカサブランカラバトと北上。ラバトから最後のタンジェまではモロッコで初めて鉄道を使いました。タンジェから船でまたスペイン、アルヘシラスに11月5日に戻りました。16日間の旅です。

アルヘシラスで女性二人ともお別れ。彼女たちはすぐにマドリッドに向けアルヘシラスを出発しました。それを駅で見送った後、その日のうちに私もカサレスに向けてアルヘシラスを後にしました。


 ルートマップ


旅程

前後のヨーロッパでの旅程については、1990年、東、南ヨーロッパ旅行をどうぞ。

      主な観光地/立寄地 宿泊地 備考
10 20 コルドバ、アルヘシラス アルヘシラス  
  21 セウタ、テトゥアン テトゥアン  
  22 フェズ フェズ  
  23 フェズ フェズ  
  24 メクネス メクネス  
  25 ヴォルビリス遺跡 夜行バス  
  26 エルフード エルフード  
  27 メルズーガ エルフード  
  28 トドラ谷 トドラ谷  
  29 トドラ谷 トドラ谷  
  30 ティネリール ティネリール 太○さんとお別れ
  31 マラケッシュ マラケッシュ  
11 1 マラケッシュ マラケッシュ  
  2 カサブランカ カサブランカ  
  3 ラバト ラバト 列車
  4 タンジェ タンジェ  
  5 アルヘシラス、カサレス カサレス 二人とお別れ


同行した人達

前述のように1990年10月11日、スペイン、バルセロナで出会った男性(T.Oさん)女性二人組(M.KさんとM.Gさん)とモロッコ同行を約束し、何とか10月17日マドリードで落ち合い、少しスペインを旅した後モロッコへ向かいました。

左からM.Kさん、T.Oさん、真ん中の現地モロッコ人は飛ばして、私、そしてM.Gさん。

T.Oさんは旅の強者で、この時すでに旅を始めてもう2年近く経っていました。女性達は覚えてませんが、旅の出発は私と同じくらいだったかもしれません。

T.Oさんは途中ティネリールで、10月30日アルジェリアに向かうため先に別れました。当時モロッコとアルジェリアは仲が悪く、通常の国境ウジダが閉鎖されており、砂漠の中の国境に向かいました。すごいですよね。

女性二人とは、その後マラケシュ、カサブランカ、ラバト、タンジェと一緒に旅をして、11月5日最後スペインに帰ってきてアルヘシラスで分かれました。彼女たちが乗る予定の列車の時刻がぎりぎりで走って乗り込み、何とか無事見送って、私もこの日カサレスを目指して、久々の一人旅で寂しくアルヘシラスを立ったのです。

結局帰国後皆さんとはお会いできていませんが、女性お二人からは手紙がきて、後日談を伺いました。私はこの後、スペイン、イギリスを旅した後、11月25日にはアメリカ、ガズデンに帰り、2週間ほど過ごした後、メキシコ、中米を家内と旅して、翌年1月13日に帰国した訳ですが、彼女たちはその後、イタリア、ギリシャ、トルコ、更にはエジプト、東欧と回って、結局1991年3月末に帰国したそうです。私と別れた後も5ヶ月近くも旅していたということですね。

T.Oさんは手紙のやとりもないので、その後については全く分かりません。あの後も1年以上は旅を続けていたのではないでしょうか。もしかしたらどこかに住み着いてしまっていたかもしれません。

皆さんどうしているかなぁ。父親や母親になっているのでしょうか。本当に会いたいですね。


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