グラナダ

イベリア半島の、そのヨーロッパにおける独自性はその気候もさることながら、長いアラブ支配時代があったことは疑いないでしょう。このアラブ支配に対してのキリスト教徒の巻き返しをレコンキスタをいいます。

このレコンキスタは北方よりおこり、北から順次回復されていきました。従って南の方がそれだけ回復が遅れ、長くアラブ支配時代を経験することになり、より多くのアラブの遺産を今日に残すこととなった訳です。

その中でもこの都市は、最後のアラブの砦となった町です。

2016/10/29

アルハンブラ宮殿

レコンキスタも終盤とむかえ、アラブにとって最後の砦となったのがグラナダですが、そのような時に最後の力を振り絞ってこのアルハンブラ宮殿が建設されたのです。こういったものは普通全盛期に建立されるものですが、そのような時期に立てられたため、独特のよさがあると言われています。

アルハンブラ宮殿のメインのところで、ナスル朝宮殿の一部であるライオン宮です。

14世紀後半に造られたイスラム王の居住空間中央には12頭のライオン像の口から水が流れ、まわりの4箇所の部屋へ水が流れます。

中庭には124本の白大理石の列柱で囲まれています。出来た当時は「沈む庭園」と呼ばれ、砂利の部分には花が咲き乱れていたそうです。

やはりナスル朝宮殿の一部であるコマーレス宮です。奥の高いところがコマーレス塔でその前の庭園は「アラヤネスの中庭」と呼ばれています。

コマーレス塔は王が公務を行うところでした。

ここはメスアール宮の中庭の北側だったかと思います。

こちらは夏の離宮であるヘネラリーフェ離宮です。ナスル朝宮殿から坂道を10分ほど登ったところにあります。1319年にナスル朝第5代王イスラマイル1世により造営されました。

写真のそこのメインでもある5つのアーチを持つ柱廊(パスタル)がある建物と「貴婦人の塔」です。

ヘネラリーフェ離宮のアセアキの中庭です。壁に囲まれた細長い庭園

こちらもヘネラリーフェ離宮の中。階段庭園?と呼ばれるところのようです。

ヘネラリーフェ離宮からナスル朝宮殿を振り返ったところです。

ここはナスル朝宮殿から更にヘネラリーフェ離宮と反対側の要塞、アルカサバです。ナスル朝以前に建設された城壁で、周囲には軍事施設などが広がっています。

アルカサバをバックに記念写真。


グラナダの街並み

高台にあるアルハンブラ宮殿からはグラナダの街を見渡すことができます。

このあたりはアルバイシン地区とも呼ばれユダヤ人地区などもこの中にあるようです。

アンダルシアの町らしい白い家が建ちなんでいます。


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