ベルリン/ポツダム

1989年9月2日と3日、当時まだ東ドイツだったベルリンと隣のポツダムに行きました。

しかし一ヶ月後に西ドイツとの統一を控えていたので、既に別の国という感じではなく、国境も実質ありませんでした。ただ壁はまだ沢山残っていました。

2015/12/23

ベルリン

ベルリンの壁です。ベルリンの町のまだここそこにありましたが、既に観光地化しているようでした。

チャーリーチェックポイントと言われた東西ベルリン分裂時代の重要なゲートだったところです。

ベルリンの壁崩壊時には重要な役割を果たしています。

シャルロッテンブルク宮殿

プロイセン王・フリードリヒ1世が1699年に妃ゾフィー・シャルロッテのために建設された。

東ベルリンのシンボルであり、ランドマークであるテレビ塔です。


ポツダム

サンスーシ宮殿です。ヴェルサイユ宮殿に対抗して、プロイセン ホーエンツォレルン家が威信をかけて造った宮殿で、世界遺産には登録されています。

もっとも世界遺産に登録されているのは「ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群」という広い範囲で、その構成要素の一つに「サンスーシ宮殿と庭園」とがあり、サンスーシ宮殿は更にその一部なのです。

こちらも「サンスーシ宮殿と庭園」の一部である新宮殿です。

オランジェリー宮殿です。こちらも「サンスーシ宮殿と庭園」の一部です。

 

こちらも「サンスーシ宮殿と庭園」の一部である中国茶館です。

ツェツィーリエンホーフ宮殿です。(ピントがずれてて申し訳ない)

こちらは「サンスーシ宮殿と庭園」の一部ではないですが、「ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群」の構成要素なので、つまり世界遺産です。

日本人にとって、ポツダムとは特別な響きがあります。まさにこの宮殿こそ、トルーマン、チャーチル、スターリンによって会談が行われ、かのポツダム宣言が発せられたその場所です。

 

ブランデンブルグ門です。

ブランデンブルグ門というとベルリンのものの方が遙かに有名ですが、ポツダムにあるのです。こちらのは知名度も低いし、大きさも小さいです。

残念ながらベルリンのブランデンブルグ門は写真を撮りそこなったので、こちらで我慢です。


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