最強の民生用録音装置

2018/10/8


高音質な録音機を求めて

CDをどんどんレンタルして聴いていたとお話してきましたが、せっかく借りた以上録音もしておきますよね。やはり高音質なCDをできるだけ高音質に録音したいと思うのが人情です。

1986年当時、民生用の録音機としては、当然カセット・テープが主流でした。元々テープ録音機としては、オープンリールテープがありました。磁気テープ録音の場合、テープの速度テープの材質がその録音音質に極めて大きく関わっていました。

[オープンリールデッキ]

オープンリールの場合、テープ幅はいくつかありましたが最低でも6mm。テープ速度も通常9.6cm/sで最高76cm/sもあり、音楽など高音質が要求される録音現場では必ず使われていました。しかし見ての通り、やたらデカい。そして何と言ってもテープ剝き出しで、セットも大変面倒でした。個人が自宅で音楽を録音して楽しむには、あまりにも使い勝手が悪かったのです。

そのため1960年に入り、民生用としてはずっと小型化し、テープをカートリッジに収めて、簡単に扱えるものが沢山開発されました。結果当初は各社からいろいろなもの出てが乱立している状態でしたが、オランダ、フィリップス社がいくつかの条件を設けて、自社製品の特許を無償公開したために普及し、デファクト・スタンダードになったのが、所謂コンパクト・カセットです。もしかしたら今の若い人はあまり知らないかもしれませんが。

[フィリップス コンパクト・カセット] 
 

小型で使い勝手がよく、その割には音も良かったので瞬く間に普及しました。しかしテープ幅3.6mm。テープ速度も4.76cm/sで固定で、元々会話音声の録音くらいを念頭に開発されたものだったので、音がよいと言っても限界がありました。高い周波数特性(高音から低音まで録再する能力)、高いダイナミックレンジ(小さい音から大きな音まで納める能力)、高いSN比(ノイズの少なさ)が要求される音楽用には少々厳しく、少なくともプロの録音現場では全く採用されず、依然オープンリールでした。

しかしその後テープ材質の進化が目覚ましく、高音が伸びるクローム・テープの開発、そして1978年にはメタル・テープが登場し、高い周波数特性とダイナミックレンジが実現します。

一方録音機器側もどんどん改良されていきます。

録再生ヘッドの材質、特製などの改良が進むと共に、録音と再生に最適化するため録音、再生、消去それぞれの専用ヘッドを持った3ヘッド機も登場。音質に多大な影響のあるテープ走行を安定されるためのデュアル・キャプスタンの採用、さらにはクローズドループにするなどの改良、開発がされます。

テープの場合、アジマス角というテープの走行角度と磁気ヘッドの角度が重要で、これが少しでもずれると音質に多大な影響があります。そのため安定的にテープを走行させるための走行系に様々な工夫がなされたのですが、これにはそれなりにコストもかかりました。

当然ヘッドにいい材質を使ったり3ヘッドを奢るにもコストがかかり、基本的にこれらの改良は高級カセットデッキのみが採用することができたのです。

[高級カセットデッキ]

従って材質も悪く、録再兼用の2ヘッド、走行系もけちってシングル・キャプスタンの安物のラジカセで録音した音などは依然聴けたものではなかったのです。いわば機器の価格差による格差は激しかった訳です。アナログの宿命ですよね。

更には前述のアジマス角のことがあるので、録音したデッキと再生するデッキが違う場合、たとえ双方高級デッキでも音が悪くなることがしばしばでした。

またカセットテープはA面とB面があり、基本的に裏返さないといけませんが、この必要をなくしたオートリバース機が重宝されました。しかしこれはヘッドが180度回転することで実現します。少しの角度が影響するというヘッドを180度も回転させるのですから、アジマスずれは避けがたく、音質と利便性の多大なトレードオフであることは間違いありません。そのため少なくとも高級カセットデッキではオートリバースを採用せず基本的にワンウェイでした。音質のために不便さを甘んじて受けた訳です。

但しナカミチというメーカーがカセットテープ側を裏返すという離れ業で音質と利便性を両立させようとしたり、自動でアジマスを調整する機能を搭載することでオートリバースでもアジマスずれを回避し、ワンウェイ以上に異次元の音質を実現したDRAGONというカセットデッキを作ってました。もっともこのDRAGONは定価27万円もしたのです。

[ナカミチ DRAGON]

つまり金次第ということですね。アナログの世界はお金のかけ方で全然違いました。お金をかけ、ワンウェイの不便さを甘受した人だけが、素晴らしい音質を享受できたのです。

当時アンプやスピーカ、そしてCDプレーヤなどにも、それなりに金をかけてましたから、更にカセットデッキに30万円というのはあり得ませんでした。


デジタル録音の妙技

そんな時、秋葉原のショップで強く薦められたのがPCMプロセッサーでした。1986年当時民生用の録音機としては最強で、しかも決して高価ではないというのです(定価10万円弱)。

これは音声をデジタル化して、家庭用ビデオテープに録音(録画)するものです。ビデオに録音? 録画でなく? と初めて聞く人はちょっと不思議に思うでしょう。

[SONYのPCMプロセッサー PCM-501ES]

原理を簡単に説明するとこうです。

CDの再生音(DA変換してアナログ音声となったもの)をこのPCMプロセッサーが、再びデジタル化(AD変換)します。ADコンバータの仕様はサンプリング周波数44.1kHz量子化語調(ビット数)16ビットなので、デジタル・フォーマットとしてはCDと全く同じです。こうして「0」「1」のデータになったデジタル音声情報を「白」「黒」情報を変えて、つまり映像化してビデオに録画するのです。

ビデオは当時あったVHSでもベータ、また8ミリビデオでもOKです。別にHiFiである必要も、S-VHSやEDベータである必要も全くありません。その録画映像を実際テレビ画面で見てみるとこんな感じです。

[PCM録画?された画面]

ご覧の通り、映像としては何だかさっぱり分かりませんよね。バーコードがいくつか並んでいるようにしか見えません。

再生時はPCMプロセッサーがこの映像を再び「0」「1」のデジタルデータとして処理し、アナログ音声情報に(DA変換)してアンプに送って音楽として聴くことができるという訳です。

このようにデジタルであるCDを音源としていますが、一度CDのDAコンバータでアナログになった音声をPCMプロセッサーで再びAD変換(アナログからデジタルへ変換)するので、典型的なデジタル録音(デジタルtoデジタル)ではないのですが、非常に高音質で録音ができました。普通の人ならCDの原音と区別ができないくらいです。少なくとも10万円程度のカセットデッキでは実現できないような素晴らしい音質を与えてくれました。

そして何と言ってもデジタルの特徴である、あまり機器を選ばないことです。録音(録画)に使うビデオデッキやビデオテープはハッキリって何でもいいのです。このPCMプロセッサー自体が10万円弱しますが、ビデオデッキは当時もはや家庭に数台ある時代でしたから、かからないようなものでした。

実際は当時出てあまりたってないHiFi機だったので、10万円くらいしたVHSビデオデッキを持っていたのですが、あくまで映像録画用に必要で買っているので、音楽録音のために買ったものではありません。

前述のようにテープも選ばないので、スーパーで5巻セットとかの安物を使ってました。また3倍速でも全然かまわないので、2時間テープに6時間録音できる訳ですから、普通のアルバムなら7本くらいは入ります。そのためテープコストもカセット・テープよりずっと安上がりでした。

このようなPCMプロセッサーですが、ちっとも売れなかったようですね。私の友人、知り合いでこれを持っていた人は一人もいませんし、当時のオーディオ雑誌でも特集など見たこともありませんでした。やはりビデオデッキも使わないといけないという点が多くの人には敬遠されたのでしょうか。個人的にはそれほど不便には思いませんでしたが。

そのためかSONYくらいしか製品を出していなったように思います。私は上記写真の通り、SONYのPCM-501ESという製品を買いました。定価99,800円で、恐らく8万円弱くらいで買ったと思います。

結局デジタル録音機としては、その後DATが登場しますが、これはまさに原理的にはPCMプロセッサーとビデオデッキを一つの筐体にして、テープを小型化したものです。ヘッドは回転ヘッドでしたから、まさにビデオデッキを小さくしたのと同じなのです。そのためDATが登場すると最早PCMプロセッサーの存在価値はなくなるので、すぐに市場から消えていったようです。

[DATテープ]

もっともこのDATも逆に音質が良すぎて、著作権問題が起きて、結局普及しませんでした。著作権問題は一つの原因ではありますが、最早テープの時代は終わりに向かっていたんですね。その後に出たDCCも全く売れず、同じ頃登場したMDに完全に駆逐されました。まだDATはコンピュータの世界でデータバックアップ用途に生き残っただけでもすごいです。

まあそのMDもやがてメモリー・オーディオに駆逐されていく訳ですが、それはもう少し先の話ということで。

話が大分逸れましたが、私のPCMプロセッサーも90年代になって殆ど使わなくなりました。というより結婚して音楽をばりばり聴く時間が激減したのです。更にパソコンの普及、CD-Rの登場で完全デジタルダビングができるようになると、全く必要性がなくなり、他の巨大なオーディオ機器を捨てる時に一緒に捨ててしまいました。今思うとPCMプロセッサーだけでも取っておけば良かったのですが。

一方テープはとりあえず物置に取っておいたのですが、プロセッサーがなくては、少なくともデジタルデータは再生できません。たまたま一緒にビデオのHiFi音声にも録音してあったので、今回デジタル化ができたという訳です。(まあビデオがあれば聴けることが分かっていたから、プロセッサーは捨ててもテープは残しておいたのだと思いますが)


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