Celeron自作(1999&2000)

2017/11/25


1998年6月のAMD K6-2自作に続き、1999年の今年はIntel Celeronプロセッサーで自作を行いました。また続けて翌2000年にも友人用のパソコンではありますが、やはりCeleronで自作を行っています。

1997年、AMD K6の登場でコストパフォーマンスの高い低価格CPU市場が確立して、Intelもおちおちしていられなくなりました。当時Pentiumの後継であるMMX Pentiumも廉価版CPUとして存在はしていましたが、P5アーキテクチャで設計が古く全くK6の敵ではありませんでした。その危機感の表れとして、1998年4月とりあえずP6アークテクチャのPentiumIIから価格高騰の原因の一つであった2次キャッシュを取り除いただけのCPUをリリースしたのです。これがコードネームConvingtonの名で呼ばれた最初のCeleronプロセッサーでした。

[Intel Celeronプロセッサー Convington]

同世代のPentium II (Deschutes) のコア部分を踏襲しており、パッケージはPentium IIのカートリッジから基板のみを取り出したS.E.P.P.形状を採用。製造原価を抑える効果があるものの、2次キャッシュを取り除いたために、2次キャッシュに依存するアプリケーションでは処理性能が低下したPentium IIそのものであったため、発表当初は不評でした。急きょ投入が決まった急造品の性格が強かったようです。

Convingtonは266MHzでリリースし、2ヶ月後の6月には300MHzも出てきますが、その前月1998年5月にはAMDもK6-2をリリース。クロックもいきなり300MHzで登場します。パフォーマンスではPentiumIIも凌駕するこのプロセッサーを前にConvington Celeronは全く太刀打ちできなくなります。

但し2次キャッシュを持たないため、2次キャッシュが原因でクロックを上げられないPentium IIと比べ、オーバークロック動作が可能でアプリケーションによっては本来Pentium IIの廉価版であるはずのCeleronの方が、処理速度が速く且つ安価なシステムを構築できることがマニアユーザーの間で注目され、オーバークロックブームの火付け役となったというニッチな市場では話題になりました。しかしこれでは事業としては成り立ちません。

そこでIntelはCPUコアに2次キャッシュを内蔵させる選択をとります。ただしサイズは128kBという小さなものでした。Pentium ProでCPUと同じダイに256kBの2次キャッシュを置いたため歩留まりが悪く失敗しています。当時の製造プロセスは何と0.5μm。その後0.35μmまで進化しますが、256kBの2次キャッシュは大きすぎたのです。

Celeron登場当時、製造プロセスは0.25μmに進化してましたが、それでもまだ256kBでは歩留まりの悪いので、128kBと小さくすることで回避しました。歩留まりはCPUの物理的サイズにリニアに影響を及ぼすのです。

しかし当然サイズの小ささは2次キャッシュの効果も下がる訳ですが、CPUコアと等速で動かすことができるコア内蔵はその効果低減をある程度補いました。つまりPentiumIIのCPUコア周波数の半分の速度の512kBの2次キャッシュに比べて、4分の1のサイズである128kBでも等速であることが、ほぼ同等の2次キャッシュ効果を生むことが分かったのです。

1998年8月に登場したこのMendocinoというコードネームで呼ばれたこの2代目Celeronは成功します。

[Intel Celeronプロセッサー Mendocino]

少なくとも同じクロックのPentiumIIと同等の性能を発揮できたので、K6-2にも十分対抗することができたからです。なおクロックは300MHzでリリースされましたが、既出のConvington Celeronの300MHz版と区別するためCeleron 300Aと呼ばれました。

一方同じクロックでは同等のパフォーマンスのCeleronが出てしまったPentiumIIはどうなったのでしょうか。これについては歩留まりがかなり抑えられたとは言え、2次キャッシュのCPUコアとの等速化はやはり半分の速度でよかったPentiumIIよりは歩留まりが悪く、CPUコアのクロックはPentiumIIの方が上げやすかったのでです。そのため既にPentiumIIはクロックが450MHzに達していました。

一応クロックで差別化は図ることができたということですね。また戦略的にあえてCeleronはクロックをがんがん上げず、K6-2のクロックに合わせてあげていくような戦略をとりました。

1999年にはIntelもPentiumIIを少し改良したPentiumIIIをリリース。やがてAMDもPentiumIIIに完全に対抗するK7(Athlon)をリリースして、ミドルクラス以上はこちらが担当していくことになります。CeleronとK6-2、更にその後登場するK6-IIIエントリークラスを主戦場として、2極化が進むことになったのです。

ハイエンドクラスのバトルはハイエンド・バトルでも考察しますが、私のこの時期の関心ごとはエントリークラス。そこで戦っていたIntel Celeronプロセッサーでの自作の様子を見てみましょう。

  1. Celeron自作(1999)
    当時の写真はないのですが、本件に関する非常に詳しい友人とのメールのやり取りが残っているのでかなり詳しく記述できています。
     
  2. Celeron自作(2000友人用)
    上記に比べメールのやり取りが全くなく、日記の記述も乏しいので、多くが「覚えてません」と書いてありまして恐縮ですが、当時の苦労は伝わってくるかと思います。

パソコン自作奮闘記のトップページへもどる
 
コンピュータのトップページへもどる
 
inserted by FC2 system